2016年最初のエントリーでは、トレンドキーワードで読む”ファッション・マーケティング”の最新潮流を紹介しながら、今日からでも始められる10のチェックリストを公開。2016年のマーケティング計画や自社の現状整理のヒントになれば、幸いだ。
|#1 “デジタルファースト”でマーケティングを考えられているか?
2015年のファッションマーケティングの潮流を象徴するのは、”モバイルシフト、デジタルファースト”という考え方だ。博報堂DYメディアパートナーズの「メディア定点調査2015」では、2006年から伸長し続けるモバイルの総接触時間が全体の4分の1以上になった一方で、マスメディア離れどころか、PCまでもが減少傾向にあると発表された。データは全体傾向をみるに過ぎないものの、たしかに街中を見てみれば、老若男女問わず、スマートフォン(スマホ)を通して時間を消費している。
ファッション業界は近年、ファッション誌への出稿を軸に、+αの予算でデジタルやイベントも連動させるのがプロモーションの基本スキームだったが、スマホとSNSがインフラ化したことによって情報発信の起点がデジタルへ顕著にシフトしたのが2015年だったといえる。
ファッションに限らず、マーケティングにおいて”モバイルシフト、デジタルファースト”は最重点課題であり、2016年はさらに加速するだろう。ただ、そのことをメディアなど多方面で煽られていても、様々な課題や社内的な障壁があり、実現できていない企業やブランドはいまだ多いのが業界の現状ともいえる。
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|#2 インスタグラムで情報を拡散し、自社商品が実際に売れているか?
デジタルファーストなマーケティングを行う上で、”ファッションが売れるSNS”としていわれる「インスタグラム(Instagram)」での発信は欠かせなくなっている。外部リンクを貼ることができず、広告色が無い閉鎖的なインスタグラムだったが、2015年から日本でも広告展開をスタート。広告主が設定した予算に合わせて出稿できるセルフサーブ(運用)型広告も解禁して以後、タイムライン上にさまざまな企業の広告が多く掲出されている。また、デジタルで情報拡散する上で欠かせないのは、”インフルエンサー”の存在。その発信の場がいま、インスタグラムが中心になっていることで、”インスタグラマー”と呼ばれるなど、マーケティング活用が活発化している。ただし、お金をつけてインフルエンサーに投稿を促すことがステルスマーケティング=”ステマ”にあたるとして、問題視されていることも忘れてはならない。
一方で、いつまでこのトレンドは続くのか?という声も既に出ている。F.M.J.編集部としては、折込チラシやメルマガがなくならないのと同じで、自社への導線をできるだけ多く持つにこしたことはない、という巻き網漁のような役割の一つであると捉えている。つまり、今のところは運用を強化しない理由はない。
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| #3 オムニチャネル戦略が具体的に実行され、事業部とEC担当者、店頭スタッフが連携できているか?
F.M.J.でも注目率が高い、”オムニチャネル”をはじめとするファッションEC関連のニュース。特に進んでいるのは大手セレクトショップのカテゴリで、ユナイテッドアローズやビームス、ベイクルーズ、ナノ・ユニバースなどが仕掛ける施策は、モデルケースとして注目できる。また、昨年10月には、セブン&アイ・ホールディングスが”試着がいらない試着室”としてアメリカ発「ミアリティ(me-aity)」を試験的に取り組むなど、バーチャルフィッティングやウェブ接客なども注目できる。さらに、ユニクロはEC事業の強化を発表し、約5%から50%まで引き上げを目指すという。
ただ全体的にみてみると、実際のところ、ファッション業界は元々がアナログな業界であるため、他産業に比べると対応が遅れがちだ。メディアが取り上げやすい、ECシステム面の整備や最新デジタルテクノロジーを駆使することだけがオムニチャネルではなく、顧客が買いやすい環境やサービスを整えることで買い逃しを防ぎ、買い上げ率を高めることが本当の意味でのオムニチャネルだ。そのためには事業部とEC担当者、店頭スタッフがそれを理解し、連携できているかが鍵となる。経営者はいま一度、社内体制など、顧客目線で現状を確認すべきだ。
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|#4 デジタルPR時代突入、デジタルメディア・SNSで自分のブランドはニュースになっているか?
雑誌ファーストだったファッション業界にとって、シーズン立ち上がり約3~6ヶ月前のメディア向け展示会がPRにおける代表的な一大イベントだった。それが、スマホの普及とデジタルインフラの整備により、発売直前のデジタル上でのPRがより重要になった。また、SNSで顧客にダイレクトに情報を届けることも可能に。これにより、今まで雑誌編集者へのアプローチやスタイリストへのリースがメインだったプレス業務も、デジタルメディアでのニュース掲載とそのためのリリース制作、SNSでの発信力の高いインフルエンサーとの個人的な繋がりの構築、SNSの運用などに業務領域が広がり、優先順位やPR効果の指標も変わった。既に展示会やリース業務を実施しないブランドも現れ始めている。旧来型のファッションプレスを脱し、デジタルファーストなPR活動を真摯に取り組めるか否かが、命運の分け目となるだろう。
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|#5 ファッションメディアをコンテンツパートナーとして、戦略的な取り組みを行っているか?
グローバルでは、ショートリードとロングリードにメディアをセグメントするPRの考え方がある。これは情報提供から露出に至るまでのリードタイムの違いだ。雑誌はロングリード、デジタルやテレビ、新聞はショートリードとなる。#4に記したように、情報伝達の流れは確実に変化しており、デジタルメディアとの関わりは不可欠だ。ショートリードであるデジタルメディアでのPRが奏功すれば、情報発信から拡散、認知や購入に至るまで、短いスパンで可能になる。また、2015年もファッション誌の休刊やリニューアル、デジタル移行のニュースが後を絶たなかった。雑誌誌面への単なるタイアップ出稿ではなく、メディアが持つ”編集力”を自社のコンテンツ開発に活用する取り組み事例が頻出している。これら2つのアプローチ、ショートリードとロングリード、それぞれが持つ特長と役割を巧みに使い分け、戦略的パートナーとして取り組んでいくことがキーファクターになっているといえる。なお、ハースト社は、「ウェブサイトも運営している紙媒体の出版社」から、「紙の雑誌も発行するデジタル・パブリッシャー」への転身を図ると表明。メディアサイドもビジネスモデルの変革が急務であることを象徴している。
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|#6 自社の情報を価値のあるコンテンツに変換し、ブランドサイトを情報発信基地としてメディア化できているか?
どんなにデジタルメディアで話題化していても、デジタル時代の情報鮮度(賞味期限)は3日といっても過言ではない。ファッションの優先順位が下がった今、 溢れるような情報がスマホを通して生活者には降りかかっているのだ。そうした環境下では、ブランドと顧客がダイレクトに繋がる仕組みづくりが必須になってくる。そのマーケティング手法の一つが、国内ではコカ・コーラ社が端を発したとされる、”企業サイトのメディア化”というトレンドだ。2015年はファッション業界でも、ブランドサイトを情報発信基地としてメディアのように開発する”オウンドメディア強化”の流れがより顕著になった。ジーユーによるWEBマガジン「ジーペーパー(G.PAPER)」がモデルケースの一つといえる。ブランドの情報を価値のあるコンテンツに変えられているか?そのまま流してないか?、情報発信のための”編集力”が企業にも問われている。
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|#7 自社の商品は、それ自体がニュースになるようなPRコンテンツになっているか?
2015年のデジタルメディアを賑わせたのは、スポーツブランドやアパレル各社によるスニーカー新作発売の記事。昨今のトレンドを追い風に、コラボレーションや復刻などのリリースがニュースとなって相次いで記事掲載された。インバウンド需要をはじめ、グローバルでスニーカーヘッズがいること、また読者の性別や年齢を問わないこともメディアにネタとして好まれる一因といえる。それを裏付けるように、スポーツブランドは、デジタルメディアでのPRに特に注力している。
ヒットアイテムや定番アイテムを生むことは、それ自体の売上だけではなく、ブランド認知や価値の向上、来店促進などマーケティングの一助となりえる。また、商品そのものがキラーコンテンツと化せば、デジタルインフラが整った今や、ユーザー自身が拡散してくれるため、プロモーションコストも抑制できるのだ。
自社の商品自体がコンテンツになっているか?、バイヤーやプレス担当者は、いま一度2016年の商品ラインアップを見直すべきかもしれない。
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|#8 自社のブランドに”付加価値”はあるか?それを生みだすマーケティングができているか?
2015年はTSIホールディングスやワールド、オンワード樫山などの大手アパレルを中心に、ファッションブランドの廃止、店舗閉鎖、組織再編など、事業整理のニュースが業界を震撼させた。飽和化する厳しい市場環境の中で、ブランドや商品の差別化ができず、業績不振に陥っている。その背景の1つにあるのは、ブランディングコントロールの欠如だ。リーマンショック以降、売るためのマーケティングが注力され、費用対効果を優先するあまり、効果測定が難しい”ブランディング”のコミュニケーションがおろそかになってしまう。簡単にいうと、目先の売上を追い求めるあまり、そのブランドを買う理由となる、”付加価値”をつくる作業が不足してしまうのだ。
ブランディング手法の一つに、コラボレーション戦略がある。昨年話題を集めたのは、「ナイキラボ(NikeLab)」と「サカイ(sacai)」、「アディダス オリジナルス(adidas Originals)」と「ハイク(HYKE)」によるコラボレーションコレクション。いずれもスポーツの機能性とファッションのデザイン性を巧みにミックスさせ、両者win-winとなる取り組みになっている。
業界転換期といわれる中で、よりブランドの個性が重要となっている。そして、情緒的な付加価値を生み出すことで、ブランド”ファン”を醸成し、絆を深めていくコミュニケーションがブランドの存続に貢献する。さらには、そのブランドを作るディレクターの存在もブランド価値を左右するキーマンとして欠かせない。2016年は、ブランディングの重要性がより高まるだろう。
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|#9 “わざわざ”行きたいローカルショップのように、自分のショップは個店化されているか?
SPA化による大量生産や他店舗出店によって飽和化したファッション市場に訪れたのは、ローカルショップの誕生。どこにでもある店舗は便利であるが、品揃えが単一で個性がなく、つまらない。いま魅力的なショップは立地や知名度ではなく、”わざわざ”でも行きたいと思わせる、個性的なローカルショップであるとメディアは特集した。
一方で、”地域密着型”マーケティングは、「ユニクロ(UNIQLO)」や「Gap(ギャップ)」といったグローバルSPAやセレクトショップなど、ファッション業界全体の潮流となっている。これは、地域特性に合わせた店づくり、商品展開を行いながら、出店先の地域と繋がり、その活性化に貢献することで地元に愛される店舗を目指すという取り組みだ。
ローカルに合わせた、よりきめ細やかなマーケティングが重要になっている。自分のショップがどうしたら、”わざわざ”行きたい個性ある存在になるか、多角的な視点でトライ&エラーすべきかもしれない。
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|#10 専門性の高い人材を確保できているか?戦略的なパートナー会社を見つけられているか?
#1~9で紹介したテーマ以外にも、2015年流行語となった「爆買い」を象徴するインバウンド対応など、業界が取り組むべき重点課題は山積みだ。これらの課題を解決するには、専門性の高い人材を確保できるかが鍵となる。ファッション企業の中には、雑誌の編集経験者やデジタル分野の専門人材を内包化する動きもある。経営と人事との連携がより欠かせなくなっている。
また、パートナー会社との戦略的な取り組みも不可欠だ。ユニクロは、コンサルティング大手のアクセンチュアやセブン&アイ・ホールディングスとの業務提携というかたちで事業拡大を目指すなど、メガ企業ならではの画策にでている。
コミュニケーション領域では、ファッション系広告代理店やアタッシュ・ド・プレスとよばれるPR会社も、その存在意義が問われる大きな転換期にある。”なんでもできる”マルチな代理業やリース業よりも、専門特化したサービスを具体的に提供できる会社が個々に選ばれはじめているからだ。また、どんなに強力なパートナー会社と付き合っていたとしても、一社に集約することは難しいため、それらをディレクションできるデジタルに強い”マーケティングディレクター”という人材も重要なポジションとなっている。他産業では既に、チーフマーケティングオフィサー=CMO(Chief Marketing Officer)という職種の重要性が注目されて久しい。
F.M.J.編集部として10のチェックリストを作ってみたものの、マーケティングのトレンドサイクルは著しく速いため、未来のマーケティングを予測することは不可能に近い。マーケティングに関わる予算配分の見直し、最適な人材配置と社内体制づくり、パートナー会社選びなど、時代の変化への対応力・柔軟性、見極める力を持つことがファッション企業が生き残る道だと考える。2016年もF.M.J.独自視点でさまざまなニュースをキュレーションしていく。
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